大判例

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最高裁判所大法廷 昭和46年(あ)1176号 判決

主文

原判決中検察官の控訴を棄却した部分及び第一審判決中無罪部分を破棄する。

被告人を罰金一万円に処する。

被告人において右罰金を完納することができないときは、金一〇〇〇円を一日に換算した期間、被告人を労役場に留置する。

第一審における訴訟費用中、証人宇山主明、同真鍋昭典、同郡孝、同服部宗典、同隅田良佑に支給した分及び原審における訴訟費用中、証人奥平康弘、同沢田保に支給した分は、被告人の負担とする。

被告人の本件上告を棄却する。

理由

(弁護人杉本昌純の上告趣意について)

所論は、事実誤認の主張であつて、刑訴法四〇五条の上告理由にあたらない。

(検察官の上告趣意について)

第一本事件の経過

本件公訴事実のうち、集団行進及び集団示威運動に関する条例(昭和二七年一月二四日徳島市条例第三号、以下「本条例」という。)違反の点は、「被告人は、昭和三九年一一月一三日徳島市役所前から、徳島市通町、両国通り、両国橋、銀座、かごや町、東新町、新町橋を経て元町、徳島駅前、鉄道管理部前にいたる安保反対、平和と民主主義を守る県民会議主催の原子力潜水艦日本寄港に反対を表明する参加者約五〇〇名の集団示威行進に参加したものであるが、右集団行進が午後六時一五分ころ同市銀座通り道路にさしかかつた際、『わつしよい、原潜反対』などと、午後六時二〇分ころ同市東新町道路にさしかかつた際、『わつしよい、わつしよい、原潜反対、原潜かえれ』などと、さらに午後六時三〇分ころ同市元町交差点付近道路にさしかかつた際、『原潜寄港反対』などと、午後六時四七分ころ同市徳島駅前東側道路にさしかかつた際も前同旨のことを、それぞれ隊列の外から集団行進者に対し携帯マイクで大声で呼びかけ、そのつど集団行進者にだ行進をさせるように刺激を与え、もつて集団行進をする者が交通秩序の維持に反する行為をするようにせん動したものである。」というのであり、この事実が本条例三条三号、五条に該当するものとして、公務執行妨害、傷害の事実とともに起訴されたものである。

第一審判決は、公務執行妨害、傷害の点については、被告人を有罪としたが、本条例違反の点については、被告人に無罪を言い渡した。右無罪の理由とするところは、本条例は五条に罰則を設け、その犯罪構成要件の一として三条の規定違反を掲げ、その三号に「交通秩序を維持すること」をあげており、この規定が集団行進等の方法、形態等を規制しようとするものであることは明らかであるが、それ以上に何らの具体的規定をも設けることなく、ただ単に「公共の安寧を保持するため」「交通秩序を維持すること」という、それ自体およそ一般的、抽象的かつ多義的な概念を内容とするものであるばかりでなく、それが集団行進等の行われない場合に想定される「交通秩序を維持すること」であるのか、それとも集団行進が行われる場合には、およそかくあらねばならぬ「交通秩序を維持すること」であるのか、もし後者であるならば、それはどのような内容を想定しているのかはなはだ不明確な立言であつて、犯罪構成要件の明確性を要請する罪刑法定主義にもとり、これを宣言したと解すべき憲法三一条に違反するとし、本条例三条三号の規定が違憲無効のものである以上、これに違反して行われた集団行進等のせん動者を処罰する本条例五条の規定も、右の点に関する限り違憲無効であり、結局、本条例違反の点は罪とならないというのである。

右第一審判決の有罪部分に対し被告人から、無罪部分に対し検察官から、それぞれ控訴を申し立てたところ、原判決は、双方の控訴をいずれ棄却した。

原判決が検察官の控訴を棄却した理由は、次のとおりである。

(一)裁判所が憲法七六条により司法権を行使し、ある行為のゆえに刑罰を科するためには、成文の法規によつてその行為の可罰的要件が行為の時に定められていなければならないとともに、刑罰法規における可罰行為は少なくとも合理的解釈によつて確定できる程度の明確性が要請されていることは、刑罰法令の基本原理であり、憲法三一条の解釈よりしても異論のないものであるところ、本条例三条三号の「交通秩序を維持すること」の意味を集団行進等が行われる場合にあらねばならない交通秩序を維持することと解しても、「交通秩序の維持」なる文言は、犯罪構成要件としては、はなはだ広義かつ包括的でその内容が不明確なものであつて、その内容を本条例に直接規定するか、委任規定によりそのつど条件を設定するなどして適式かつ具体的に補充されない限り、刑罰法規としての明確性に欠けるところがあると認めざるを得ず、(二)また、本件集団示威行進に対しては、道路交通法七七条及びこれに基づく徳島県道路交通施行細則により道路使用の許可条件として、所轄徳島東警察署長より「三列縦隊で行進を行い、だ行進及びうず巻行進はしないこと」等六項目が定められているが、法律と市条例という法体系の相違からして、右道路交通法関係法令に基づく許可条件が本条例に規定されている「交通秩序の維持」の内容を具体的に補充するものでないことは明らかであるほかに、地方自治法一四条一項により、条例は国の法令に違反しない限りにおいて制定できるという趣旨からすれば、少なくとも道路交通法七七条により所轄警察署長が道路使用の許可条件として具体的に規制の対象とした事項については、特段の事由なくして直ちに条例による規制、処罰の対象とすることは許されないものと解されるので、だ行進をしないことが道路交通法関係法令に基づく許可条件として明定され、本条例においては、だ行進の禁止を明示していない本件事案においては、だ行進に対する規制、処罰は、道路交通法においてのみ行い得るものであり、本条例も五条の罰則を適用しないものとしていると解されるとし、第一審判決が本条例三条三号の規定をもつて、憲法三一条の規定に違反するとして、本条例五条の罰則を被告人の所為に適用できないとした判断に過誤はなく、また、本件事案においては、少なくともだ行進等交通秩序違反の行為が、道路交通法関係法令による処罰の対象となることはあつても、本条例による処罰の対象とされていないと解釈できるので、検察官の所論は採用できないというのである。

原判決中、被告人の控訴を棄却した部分に対し被告人から、検察官の控訴を棄却した部分に対し検察官から、各上告の申立があつた。

検察官の上告趣意は、原判決の右判断につき、憲法三一条の解釈適用の誤り、高等裁判所の判例違反、本条例三条三号、五条の解釈適用の誤りを主張するものである。

第二当裁判所の見解

一本条例三条三号、五条の犯罪構成要件としての明確性について

本条例三条三号が集団行進等についての遵守事項の一として「交通秩序を維持すること」を掲げているのは、道路における集団行進等が一般的に秩序正しく平穏に行われる場合にこれに随伴する交通秩序阻害の程度を超えた、殊更な交通秩序の阻害をもたらすような行為を避止すべきことを命じている趣旨と解されること、及びこのように解釈した場合、右規定が本条例五条の罪の犯罪構成要件の一部をなすものとして憲法三一条に違反するような不明確性を有するものでないことは、当裁判所昭和四八年(あ)第九一〇号同五〇年九月一〇日大法廷判決の判示するところであるから、これと異なる見解に立つ原判決中検察官の控訴を棄却した部分及びその維持する第一審判決中無罪部分は、憲法三一条の解釈適用を誤つたものというべく、検察官の憲法三一条の解釈適用の誤りをいう論旨は理由がある。

二本条例三条三号、五条と道路交通法七七条、一一九条一項一三号との関係について

道路交通法七七条一項四号は、その対象となる道路の特別使用行為等につき、各普通地方公共団体が、条例により地方公共の安寧と秩序の維持のための規制を施すにあたり、その一環として、これらの行為に対し、道路交通法による規制とは別個に、交通秩序の維持の見地から一定の規制を施すこと自体を排斥する趣旨まで含むものではなく、各公安委員会は、このような規制を施した条例が存在する場合にはこれを勘案して、右の行為に対し道路交通法の前記規定に基づく規制を施すかどうか、また、いかなる内容の規制を施すかを決定することができるものと解すべきこと、したがつて、本条例三条三号の規制と道路交通法七七条及びこれに基づく徳島県道路交通施行細則による規制とが一部重複していても、道路交通法による規制は、条例の規制の及ばない範囲においてのみ適用されるものと解すべく、右条例をもつて道路交通法関係法令に違反するものとすることができないことは、当裁判所昭和四八年(あ)第九一〇号同五〇年九月一〇日大法廷判決の判示するとおりである。それゆえ、これと異なる見解に立つ原判決は、道路交通法七七条一項四号、三項、一一九条一項一三号、徳島県道路交通施行細則一一条三号及び本条例三条三号、五条の解釈を誤つた違法があるものといわなければならない。

(結論)

よつて、検察官のその余の論旨に対する判断を省略し、刑訴法四一四条、三九六条により被告人の本件上告を棄却し、同法四一〇条一項本文により原判決中検察官の控訴を棄却した部分及び第一審判決中無罪部分を破棄し、直ちに判決をすることができるものと認めて、同法四一三条但書により被告事件についてさらに判決する。

第一、第二審判決の認定によると、被告人は、昭和三九年一一月一三日、徳島市幸町の徳島市役所前を出発し、同市通町、両国通り、両国橋、銀座通り、籠屋町、東新町、新町橋を経て元町、徳島駅前、鉄道管理部前に至る、「安保反対、平和と民主主義を守る県民会議」主催の原子力潜水艦の日本寄港に反対を表明する参加者約一〇〇〇名の集団示威行進に参加したものであるが、右行進が、同日午後六時一五分ころ同市銀座通り道路にさしかかつた際、「わつしよい、わつしよい、原潜反対」などと、午後六時二〇分ころ同市東新町道路にさしかかつた際、「わつしよい、わつしよい、原潜反対、原潜帰れ」などと、午後六時三〇分ころ同市元町交差点付近(新町橋北詰付近)道路にさしかかつた際、「原潜寄港反対」などと、さらに午後六時四七分ころ同市徳島駅前東側道路にさしかかつた際にも前同旨のことを、それぞれ隊列の外から集団行進者に対して携帯用マイクで大声で呼びかけるなどし、そのつど集団行進者の一部が道路幅一杯ないしはその三分の二にわたるだ行進をするについて気勢を添え、もつて集団行進者の一部が交通秩序の維持に反する行為をするようせん動したもの(第一審判決の証拠の標目掲記の各証拠による。ただし、徳島東警察署長作成の「道路使用許可について」と題する書面、医師妹尾光雄作成の診断書、押収してある登山靴一足を除く。)であり、右事実に法令を適用すると、被告人の右所為は、本条例三条三号、五条(刑法六条、一〇条により罰金額の寡額は、昭和四七年法律第六一号による改正前の罰金等臨時措置法二条一項所定の額による。)に該当するので、所定刑中罰金刑を選択し、その金額の範囲内で被告人を罰金一万円に処し、被告人において右罰金を完納することができないときは、刑法一八条により金一〇〇〇円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置することとし、第一審における訴訟費用中、証人宇山主明、同真鍋昭典、同郡孝、同服部宗典、同隅田良佑に支給した分及び原審における訴訟費用中証人奥平康弘、同沢田保に支給した分は、刑訴法一八一条一項本文によりこれを被告人に負担させることとし、主文のとおり判決する。

この判決は、検察官の上告趣意に関する部分について、裁判官小川信雄、同坂本吉勝の補足意見、裁判官岸盛一、同団藤重光の各補足意見、裁判官高辻正己の意見があるほか、裁判官全員一致の意見によるものである。

裁判官小川信雄、同坂本吉勝の検察官の上告趣意に関する部分についての補足意見は、次のとおりである。

われわれの補足意見は、最高裁昭和四八年(あ)第九一〇号同五〇年九月一〇日大法廷判決における補足意見と同一であるから、ここにこれを引用するほか、裁判官団藤重光の補足意見に同調する。

裁判官岸盛一の検察官の上告趣意に関する部分についての補足意見は、次のとおりである。

わたくしの補足意見は、最高裁昭和四八年(あ)第九一〇号同五〇年九月一〇日大法廷判決における補足意見と同一であるから、ここにこれを引用する。

裁判官団藤重光の検察官の上告趣意に関する部分についての補足意見は、次のとおりである。

わたくしの補足意見は、最高裁昭和四八年(あ)第九一〇号同五〇年九月一〇日大法廷判決における補足意見と同一であるから、ここにこれを引用するほか、裁判官小川信雄、同坂本吉勝の補足意見に同調する。

裁判官高辻正己の検察官の上告趣意に関する部分についての意見は、次のとおりである。

私は、原判決中検察官の控訴を棄却した部分を破棄する多数意見の結論には同調するが、本条例三条三号、五条の犯罪構成要件としての明確性の点については、多数意見と見解を一にすることができない。この点に関する私の意見は、最高裁昭和四八年(あ)第九一〇号同五〇年九月一〇日大法廷判決における意見と同一であるから、ここにこれを引用する。

(村上朝一 関根小郷 藤林益三 岡原昌男 下田武三 岸盛一 岸上康夫 江里口清雄 大塚喜一郎 高辻正己 吉田豊 団藤重光)

(小川信雄は退官のため、坂本吉勝は海外出張のため、いずれも署名押印することができない)。

弁護人杉本昌純の上告趣意〈省略〉

検察官の上告趣意〈省略〉

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